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Unformatted text preview: ダニエル・デネットにおける存在論 2019/1/4 京都大学大学院文学研究科 哲学研究室 修士2回生 大島祐輝
 目次 1. イントロダクション ___________________________________________________1 2. デネットにおける存在論の二面性 _______________________________________3 2.1. 還元主義 ________________________________________________________ 3 2.2. 実在論 __________________________________________________________ 5 2.3. デネットの存在論の問題 __________________________________________ 8 3. 先行研究の紹介 ______________________________________________________10 3.1. ハーグランド/反実在論 __________________________________________10 3.2. ロス/実在論 ____________________________________________________12 4. 先行研究の検討 ______________________________________________________14 4.1. ハーグランドの検討 _____________________________________________ 14 4.2. ロスの検討 _____________________________________________________ 16 4.3. 二つの解釈の検討まとめ _________________________________________ 17 5. デネットの存在論 ____________________________________________________18 5.1. 方法論の検討 ___________________________________________________ 18 5.2. ①二元論的解釈 _________________________________________________ 19 5.3. ②モデル論的解釈 _______________________________________________ 20 5.4. 変形奇跡論法 ___________________________________________________ 22 5.5. ③反二項対立的解釈 _____________________________________________ 23 5.6. 反二項対立的解釈のメリット/デメリット __________________________25 5.7. 反二項対立的解釈とデネットの思想 _______________________________ 27 6. 科学的イメージと日常的イメージ ______________________________________29 6.1. 二つのイメージの区別 ___________________________________________ 29 6.2. 二つのイメージの連続性 _________________________________________ 31 7. 結論 ________________________________________________________________32 参考文献 ______________________________________________________________32 注釈 __________________________________________________________________33 1. イントロダクション  科学と私たちの日常的な考え方はどのようにして調停できるのだろうか。例えば基 礎物理学における量子論的な世界観は私たちが常識的に持っている「中間サイズの」 対象からなる世界観とは全く異なっている(ように見える)。他にも神経科学におい て人間の思考は脳細胞の発火からなるパターンによって捉えられるが、それと私たち が日常的に語る「意識」や「感覚」といった語彙は一致するのだろうか。  哲学者ウィルフリッド・セラーズはこうした問題意識から「科学的イメージ(scientific image)」と「日常的イメージ(manifest image)」という二つの思考の枠組みを 分け、それらの間の関係を見つけることが哲学の責務だと述べた(Sellars 1963)。ダ ニエル・デネットはこのセラーズ的な動機を受け継いて哲学をしている。 [ ]わたしの哲学についての見方によると、少なくとも哲学の課題の大きな部分 は日常的、そして科学的イメージの間を行き来する交通を導くことにある。 (Dennett 2013) 彼は哲学の課題と設定したこの二つのイメージの関係を具体的な科学の成果を用いな がら探求している。例えば Consciousness Explained (1991a) において認知科学の観 点から「意識」という日常的イメージ上の対象を分析している。また Darwin s Dangerous Idea (1995) では進化生物学の観点から文化、言語や道徳といった対象が分析 されている。  こうした二つのイメージの間の関係という問題にデネットがどう立ち向かってる のかをより明確にするために、私は存在論という側面を分析することが重要だと考え る。理論同士の関係における存在論の重要性として、例えばOtsuka (2018)では以下の ように述べられている。 共有された存在論と方法論は同じ領域で働いている科学者たちの間のコミュニ ケーションを調停し、彼らが互いの業績を評価することを可能にする。反対に それらを欠いていることはしばしばコミュニケーション不全や激しい議論、も しくは悪名高くもクーン(1962)が異なったパラダイム間の共約不可能性と呼 んだところのものにつながる。もう少し穏当な場合でも、メタ科学的な想定が 1 一致しないことによって科学の共同体内での相互理解と協働が妨げられる。 (Otsuka 2018) つまり理論的な枠組みの間での交流のために、共通した存在論を明らかにすることが 重要なのである。この論点は科学同士のみならず科学的イメージと日常的イメージの 間でも成り立つと言える。なぜならセラーズの言うように日常的イメージも科学的イ メージと性質や方法論が共通しており、その一種だと考えられるからだ 1。こうした点 から科学と日常的な考え方の関係という主題に接近するために二つのイメージに共通 する存在論を見出すことが重要だと私は考える2 。  それゆえにデネットの哲学的課題が達成されているか、もしくは達成しうるかどう かを評価するために、彼の存在論的立場を明らかにすることは重要な課題である。し かしデネットの存在論的立場の解釈には大きな問題がある。それは彼の存在論的な立 場を二通りに読み取ることができるという問題だ。一つ目が Consciousness Explained (1991a) や Darwin s Dangerous Idea(1995) で見られる意識などの高次の対 象についての還元主義的で道具主義的な立場、二つめが The Intentional Stance (1989) や Real Patterns (1991b) などで展開されるそれらの対象についての実在論で ある。通常の理解では両者は共存できないように思われる。なぜなら対象がより下位 の対象に還元できると主張するとき、その高次の対象は実在するものとして扱われな いからだ。本稿ではまずこの二面性を明確にしていく。  こうした二面性を持つデネットの存在論をどう解釈するのかについては、様々な先 行研究がある。次に行うのはそうした先行研究の分析、批判である。そしてそれに基 づいて、この二つの面を調停することのできる一つの存在論を提示することを目指す。 それは実在性に「度合い」を認めるという形でデネットの存在論を再構成したものに なる。その上でその存在論がデネットの哲学の他の領域に対してどのような意味を持っ ているのかを考察していく。さらにこうした存在論に基づいた分析から、科学的イメー ジと日常的イメージがどのような関係にあるのかについての一つの答えを提示する。 以上が本稿の大まかな枠組みである。 2 2. デネットにおける存在論の二面性  本章ではデネットの思想から考えられる存在論的な枠組みが二通りあることを示す。 一つ目が主に進化論の議論で見られる高次の対象についての還元主義的で道具主義的 な見方、二つ目が志向姿勢についての議論における命題的態度といった高次のパター ンを実在物と扱う立場である。まずはこれら二つについてデネットの主張をもとに明 確化し、その上で通常の理解においてはこれら二つの相性が悪いということ見る。 2.1. 還元主義   Darwin s Dangerous Idea (1995) においてデネットはダーウィンの思想は「漸進 主義(gradualism)」であるという思想を展開している。進化のプロセスとは単純な アルゴリズムが集積して複雑なものへと漸進的に発展していくことであり、そのプロ セスに神によるデザインなどの「スカイフック3」は介在しない。そのため進化におい て現れるあらゆるデザインは系統樹によって全て繋がっていて、それらは一つの「空 間」の中に配置できる。 • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • [ ]デザイン空間は一つだけである。そして実際に存在する全てのものはその他 • • • • • • • • • • • の全てと連結されている。(Dennett 1995)  デネットは私たち人間と人間が作り出したもの全てもまたこのデザイン空間の中に あると主張する。なぜならそれらもまた漸進主義的な進化のプロセスによって生み出 されたものだからだ。 [ ]人間の文化のあらゆる成果物̶言語、芸術、宗教、道徳、科学̶はバクテリ • • • • • • • ア、哺乳類そしてホモ・サピエンスを作り上げたのと同じ基本的なプロセスか ら作られたもの(から作られたもの、から作られたもの . . .)である。[ ]した がって生命とその全ての栄光は単一の視座の元に連結されることになる。 (Dennett 1995) つまりこうした点から言って、世界におけるあらゆる対象は漸進的に複雑化していく プロセスによって生み出され同一のデザイン空間内に存在する。それゆえにここであ る種の還元主義が帰結する。すなわちある高次の対象はそれより単純な対象から構成 3 されたものであり、それらへと還元することができる。例えばこの本の中ではデネッ トは以下のように述べている。 正気の科学者なら誰も、組み立てられた最高裁判所は雪崩と同じように重力の 法則に束縛されているというこの穏当な読み方について論争しない。なぜなら それらは結局のところ物理的な対象の集合体だからだ。(Dennett 1995) つまり高次の対象は低次の対象(ここでは物理的な対象)が集まって構成されている。 他にも Consciousness Explained(1991a) においては「意識」という高次の対象 が「多元的草稿モデル」などによって脳神経といった低次の対象の相互作用から説明 されている。このような議論もまたこの還元主義の一種と言えるだろう。  この還元主義について、 Darwin s Dangerous Idea におけるデネットは二種類の ものを想定している。一つが「貪欲な還元主義」で、デネット自身の還元主義はそう ではない別のもの、「良い還元主義」であるという。 ダーウィンの理論の文脈における違いは単純である。貪欲な還元主義者はあら ゆるものはクレーンなしに説明できると考える。良い還元主義者はあらゆるも のはスカイフックなしに説明できると考える。(Dennett 1995) 「あらゆるものがスカイフックなしに説明できる」というのは全てのものが同一のデ ザイン空間内に存在するという主張とほぼ等しい。一方で貪欲な還元主義においては スカイフックの対概念である「クレーン」つまり進化のプロセス内で生み出された高 次の対象も説明の道具から外してしまう。そうした貪欲な還元主義を拒絶することか ら、デネットは仮に生物学や心理学の対象が物理的な対象に還できるとしてもそう した特殊科学が必要なくなるとは考えていないと言える。しかしながらそうした理論 の対象が物理的なものとして考えうるという立場は明確に持っている。  このような還元主義的な立場から存在論を考えるならアルゴリズムから構成された 高次の対象(クレーン)については説明の道具だ(道具主義)と、つまり反実在論的 に考えていると捉えるのが通常の理解だろう。例えばデネットは遺伝子生物学などが 「単純化」を行うことで大きなスケールのパターンが可視化されると述べている。 4 [ ]意図的な単純化のために、それらのモデルは計算的に追跡可能であり、彼ら はそうしなければ全くの不可視である遺伝子の流れにおける多くのスケールの 大きいパターンを見つけたり確証したりすることができる。(Dennett 1995) つまり大きなスケールのパターン(ここでは遺伝子)は対象を単純化して生み出され たモデルであり、それら高次の対象は私たちが作り出した説明のための道具に過ぎな いと言っているように解釈できる。そしてここからこのような高次の対象がそのまま の形で世界に存在しているわけではないという反実在論が帰結する。さらにそれらを 構成する「物理的なもの」、つまりアルゴリズムが実在物として扱われている物理主 義的な還元主義が採用されていると言える。  この論点は遺伝子などの特殊科学の対象だけでなく日常的イメージにおける高次の 対象についても当てはまる。なぜなら次節で見るように日常的イメージもまたこうし た大きいスケールのパターンを扱う枠組みだからだ。それゆえに日常的イメージの対 象もまたアルゴリズムに還元可能で単純化されたモデルなのである。以上からこの還 元主義的な立場では、日常的イメージの対象を含めた高次の対象についてデネットは 道具主義的、反実在論的に考えていると言える。 2.2. 実在論  以上に見たような反実在論的な考え方に対して、デネットは別の文脈では日常的イ メージの対象について実在論を取っている。この実在論的な考え方はデネットの哲学 の中心的な主張である「姿勢 (stance)」と深く関わっている。それゆえにまずは Brainstorms (1981) の Intentional Syatems と Real Patterns (1991b) に即してその思 想の展開を見ていく。   Intentional Syatems で彼は「物理的 (physical)」「デザイン的 (design)」「志向 的 (intentional)」な三つの「姿勢」について論じている。それぞれの姿勢は対応した 三種類のパターンを対象となるシステムから見出し、その振る舞いを予想している。 またこれらの姿勢はそれぞれ対象のシステムが法則性、機能、合理性を持っていると いう想定のもとで働いている。  物理姿勢は物理法則に従うものとして対象を見る。例えば球を投げると放物線を描 いて飛んでいくというような法則性を持ったパターンが物理姿勢の対象となる。しか し横から風が吹いてきて球があさっての方向へ飛んでいく可能性はゼロではない。す 5 なわちパターンに例外が存在する。同様に設計姿勢は例えばスマートフォンのあるボ タンを押せばそれが機能して画面が点灯するといったパターンを扱う。この機能に関 しても例外、すなわちボタンが壊れているために機能しないといった可能性がありう る。志向姿勢では例えばチェスをプレイするプログラムの振る舞いのようなパターン が扱われる。しかしそのプグラムがバグや設計のミスから非合理的な手を指すとい う例外はありうる。  それぞれの姿勢は理想化とも呼べる操作を行ってパターンを見出して世界のモデル を作り、そうして予想を行っている。例外によってその予想が外れる可能性は常に存 在しているが、そのような例外を計算に入れることは簡単さとトレードオフの関係に ある。それゆえに日常的な予想においてはそうした例外は無視されている。言い換え ると三つの姿勢はそれぞれが特定の前提によって選択肢を減らすことで、簡単な予想 を可能にしている4。  デネットはこうしてエラーの危険性を無視することは私たちの予想戦略に最初から 組み込まれているものだと考えている。なぜなら予想は生存のために行われるもので、 エラーのない完全な予想を目指していては生存のために行動する機会を逸してしまう。 そして私たちはそのような環境に適応するためにある程度精度を落とした予想のシス テムを進化させてきたからだ。こうして進化してきた三つの姿勢から生み出された「民 間心理学」などの予想の戦略が日常的イメージを構成している。 • このデザインの進化プロセスの産物はウィルフリッド・セラーズが私たちの日 • • • • • • 常的イメージと呼んだものであり、それは民間物理学、民間心理学、そしてそ のほかの、データによって爆撃する五月蝿くまた魅力的な混乱に対して私たち が持っているパターン検知の視座によって構成されている。したがって日常的 イメージによって生み出される存在論は深くプラグマティックな源泉を有して いる。(Dennett 1991b)  加えてDennett(2017)などで日常的イメージは日常的な会話、生活において用いられ るものとして定義されている 5。デネットのこうした定義を参考にして、本稿ではまず 日常的イメージを三つの姿勢という「パターン検知の視座」によって構成されていて、 私たちが日常生活で使っている世界観として扱う。 6  ただし科学的イメージにおいても三つの姿勢が使われているということはありえる。 それゆえに日常的イメージと科学的イメージの違いは明確でないが、その点の解決は6 章を待つことになる。当座のところは日常的イメージは日常的実践において、科学的 イメージは科学的実践において用いられる世界観だという曖昧な区別を置いておく。  さて、上の引用部分で日常的イメージの存在論が「プラグマティック」と呼ばれて いたことについて、別の箇所で以下のようにも表現されている。 完全なランダム性が支配していてパターンが存在しないところでは、何ものも 予想可能ではない。どんな予想の成功でも世界における利用可能な何らかのパ ターンや秩序が存在していることに基づいている。(Dennett 1991b) この論法はいわゆる科学的実在論で用いられる「奇跡論法」(Okasha 2002)に近いも ので、この点からデネットは日常的イメージで扱われるようなパターンについて実在 論を主張しているようだ。つまり私たちが持つ三つの姿勢からなる予想のシステムは 基本的にうまく働いていて、そのことによって私たちは生存できている。そしてその 成功を担保するのは対象となるそれぞれのパターンの実在性である。なぜならそれら が存在しなければ姿勢による理論の成功は奇跡になってしまい、奇跡を信じるよりは 理論の対象が存在することを信じた方がましだからだ。それゆえにそれらのパターン は実在すると考えて良い。すなわちここでデネットは日常的イメージの対象である各 種パターンについて、ある種の奇跡論法に基づいて実在論を取っている。つまりそれ らを「リアルパターン」だと考えているのである。  またこうして予想の成功を根拠としていることが、実在性が主張される対象がパター ンであることに関わっている。なぜならある対象を見出してそれを予想に使うために はその対象が繰り返し現れるものである、すなわちある種のパターン性を持っている 必要があるからだ。それゆえにデネットにおいて実在性を主張される三つの姿勢や日 常的イメージの対象などはパターンとして考えられている6。  上の引用部分ではデネットは予想の成功に注目している。それに対して科学的実在 論の奇跡論法については「理論の経験的成功」(Okasha 2002)という点に注目される。 それは科学が常に予想を行うものではなく、説明に重心をおいていることもあるから だ。デネットは生存に役立つという観点から予想に注目している。しかし三つの姿勢 の対象であるパターンは既知の事象に対する説明にも使用することができる。なぜな 7 ら説明を既知の現象にパターンを見出すことだと考えることができるからだ。そこで ここでは説明と予想両方の成功を奇跡論法の根拠として、つまりパターンの実在性の 論拠として扱うことにする。この場合パターンの実在性についての論証はデネット自 身のものより少し広いものになるが、本稿の議論の大筋には関わらない7。 2.3. デネットの存在論の問題  2.1で見たようにデネットは日常的イメージの対象について、還元主義的で道具主義 的な面を持っている一方で、2.2で確認したようにそうした対象を「リアルパターン」 と呼び実在論を取っている。これらの点から言って彼の存在論には二面性があり、そ の点が問題である。  こうした問題は他の箇所でも別の形をとって現れている。例えば志向姿勢における 志向的パターン(命題的態度)について、ライヘンバッハから引用したabstracta/illata という用語を使って The Intentional Stance (1989)の Three Kinds of Intentional Psychology で以下のように述べられている。 ライヘンバッハは理論語の指示対象を二種類に分けた。illata̶仮定された理論 的な対象とabstracta̶計算に束縛された対象もしくは論理的な構築物である。 (全ての精神状態がそうではないにせよ)民間心理学における信念や願望は abstractaである。(Dennett 1989) ライヘンバッハの用法としてはillataは理論から存在が推論された対象であり、「直接 存在するもの」(Reichenbach 1938)であるconcretaや「concretaに還元できるもの」 (ibid)であるabstractaとは別のカテゴリーに属している。そしてabstractaはconcreta という具体的なものに還元可能で、また語の意味から見て抽象物である8 。つまりここ で信念や願望といった志向的パターンがabstractaだと言われている意味は、それが抽 象物であるということだ。そのこととそうしたパターンが「リアルパターン」である ことは整合的なのだろうか。物理主義的には抽象物が実在するとは普通考えられない のではないか。このabstractaという用語法からこうした疑問が生じる。  当座のところはここでデネットが言及する二種類の対象、abstractaとillataについて 前者を日常的イメージの対象、後者を科学的イメージの対象だとしておく。abstracta である信念や願望は民間心理学的な対象で、2.2で見たようにそれらは日常的イメージ 8 に属している。一方のillataはそれに対して科学的イメージの対象としてに割り当てら れていると考えることができる9。  デネットが志向的パターンをabstractaと呼んだことに関わって、彼の実在論は微妙 なニュアンスを帯びてくる。他の場所ではデネットはこうした自身の立場を「弱い実 在論」と言ったり「半実在論」と言ったりしている。 哲学者たちは一般的にこうした存在論的な問いには、信念は存在するかしない かのどちらかであるという二つの可能な答えしか存在しないとみなしている。 半-存在といった状態は存在しない。半実在論という安定な主義はありえない。 [ ]そして信念(そして他の精神的な品物)の話となると、人は実在論者になる か消去的唯物論者になるのかのどちらかでなければならない、というそこから 派生した考え方が支配的である。[ ]この論文での私の目的は心理学的状態の実 在性についての中間的な主張が正しいということを証明することよりむしろた だ、それと並行的な主張がいくつかのより単純な事例において明らかに正しい という理由から、それは正しいと言いうることを示すことである。(Dennett 1991b) デネットはここで哲学者が普通考えるような「実在論」と「消去的唯物論」の二項対 立のどちらでもないような主張が可能だと示したいと述べている。しかしながらこの 「弱い実在論」「半実在論」「中間的な主張」の内実は明らかではない。2章で見た二 面性に加えてこのような用語法からしてデネットの存在論における立場が不明瞭であ ることが、本稿で扱う問題である。  この問題については多くの読者の頭を悩ませていたようで、デネットの存在論に関 する論文が少なからず書かれている(Haugeland 1993, Vigor 2000, Ross 2000, Lloyd 2000, Ladyman & Ross 2007など)。これらの論文に関して、大きく分けてデネット の存在論を道具主義的に解釈するものと実在論的に解釈するものの二つがある。その 場合もう片方の面は無視されることになる。以下ではこれらの論文のうちのいくつか に即してこの二通りの読み方を検討していく。まずは道具主義的な読み方をHaugeland Pattern and Being (1993) を参考に再構成する。次に実在論的な読み方として Ross Rainforest Realism (2000) における議論を紹介する。 9 3. 先行研究の紹介 3.1. ハーグランド/反実在論  Haugeland Pattern and Being (1993) ではデネットの思想の分析としてパターン とそれらの実在性について論じられている。ハーグランドはまずパターンとその要素 という二つのレベルの違いに注意を向ける。そのような要素はパターンの要素である かどうかに独立であり、それゆえに実在している。その一方でパターンはある視点に よって見出される必要があるので独立ではなく、実在しない。こうした見方の背後に は彼の形而上学のスタイルがある。 伝統的な形而上学はものを物質、すなわち個別に存続する様々な種類の性質を • • 担うものとしてと解釈する。物質的なものは強い意味で独立である。それは存 在するために他の何ものも必要としない。(Haugeland 1993) この考え方によると実在するのは独立な「物質」であり、それらは様々な性質を担う ことができる。「伝統的」だと述べているものの彼はこの形式の而上学に一考の価 値を有した「明確さ」があると感じている10 。それゆえに彼はデネットのようなプラ グマティックな観点から存在論を考えず、伝統的な形而上学の方法論を採用しているよ うだ。  そしてハーグランドは例えばチェスの駒といった対象は、チェスのルールの内部で のみ駒として認められるために独立な物質ではないと述べる。 それではルーク、ポーン、ナイトといったチェスの駒は物質的なものなのだろ • • • • • • • • うか。明らかに違う。チェスの駒は「定義」されている。それが何であるか が、チェス盤上で他の駒との関わりの中でどう動くのか、それがどのように脅 かし、守り、取り、取られるのかによって決められている。チェスに参加する • • • ことなしに、ルークは意味をなさないしルークとして存在できない。ルークで あることはチェスの中でルークとしての役割を果たすことなのだ。(Haugeland 1993) 10 以上を踏まえてハーグランドが採用する形而上学の枠組みに従えば、チェスの駒は独 立な物質でないため実在しない。それはチェスというゲームににおいて定義されるあ る種の機能を持ったパターンだからだ。 • • • • ではチェスの駒は実在するのだろうか。それはその語が何を意味しているのか による。もしそれが厳密な(形而上学的な)意味で用いられているなら、実在 しない。チェスの駒は全くもって実在するものではない。しかしそれが日常会 話での意味で使われているなら、すなわち幻覚、迷信、誤った主張と対置され たものとして何が「本当」なのかだけを取り出すという意味ならば、もちろん チェスの駒は本当に、たくさん、世界中にある。しかしながら、どちらの読み 方でもチェスの駒の実在性は「中間的」や「半分だけ」であるわけではない。 • • それらはどうあっても物質ではない。しかしそれらは100パーセント真正で完 • • 全な物体である。私が理解する限りでは、「弱い実在論」という考えはこれら 二つの異なった意味での「実在」を同時に使うことに基づいていて、結果的に 何かを明らかにするというよりは混乱を生み出しがちなものである。(Haugeland 1993) ここで挙げられているチェスの駒は設計姿勢において発見される特定の動き方という 機能を持ったパターンとして見ることができる。それゆえにこれと同様のことがチェ スの駒から広げてデネットの三つの姿勢において見出されるパターン全体に言える。 なぜならそれらは三つの姿勢それぞれにおいて法則性、機能、合理性というある種の ルールのもとで見出されるもので、その意味で独立とは言えないからだ。以降ではこ のハーグランドの議論は三つの姿勢において見出されるパターン全体についてのもの として扱う。そしてそうしたパターンが実在しないということは、それらは道具主義 的な対象として扱われているということになる。  またここでのハーグランドによる「リアルパターン」の「リアル」という語の解釈 は、それが単に幻覚ではなく正しく対象として扱われうるという点にとどまっている。 それゆえに彼はそれらのパターンは形而上学的に存在しているわけではない、つまり デネットは道具主義者なのだと解釈していると言える。さらに彼はデネットの「弱い」 実在論は二つの意味の「実在」を混同したものに過ぎないと述べている 11 3.2. ロス/実在論  一方でRoss Rainforest Realism (2000) は実在論的な解釈を強く推し進めている。 彼はまず道具主義という立場の問題を指摘する。 [道具主義]は説明を心理学的な満足へと還元してしまう。なぜなら誤った前提 に基づいて正しい予想を生み出したり、もっと広く言って「現象を救う」理論 は、説明を確保することは満足感を得ることでしかなく、したがってその理論 における前提が間違っていることに気づかない人でもその理論によって説明を 与えられていると考えることを許さない限りは、なんの説明も与えてくれない からだ。(Ross 2000) ロスは理論が正しい前提に基づいていなくてもいいような、単に満足感を得るための ものでしかなくなることは問題だと考える。そして前提が正しい理論は世界に存在す る実在物を対象にしているはずだ。それゆえに理論の対象は単に満足感を得るための 道具ではなく、実在する対象だと主張するのである。  ロスの代案は以下の定義に合致した全ての対象を実在物(リアルパターン)として 扱う「熱帯雨林実在論(Rainforest Realism)」と名付けられた強い実在論である。 存在するとはリアルパターンであることであり、パターンがリアルなのは (1)それが少なくとも一つの物理的に可能な視座のもとで投射可能であり、 (2)それが少なくとも一つの出来事や物体の構造Sの情報をコード化していて、 情報理論的な用語で言ってそのコード化がSのビットマップによるコード化よ りも効率的なものであり、またそのパターンが投射可能である少なくとも一つ の物理的に可能な視座のもとで、問題となっているその視座によってそのコー ド化が復号されることなしには追跡できないSのある側面が存在する場合であ る。(Ross 2000) ここでいう「視座」はデネットのいう「姿勢」を指している。例えば志向姿勢によっ てあるパターンがビットマップより効率的に投射できる、すなわち他の事例において 全ての要素を数え上げなくてもそのパターンを見出すことができる時、そのパターン は実在すると定義される。これはつまり物理姿勢など他の姿勢よりも志向姿勢によっ 12 て予想や説明がより効率よく可能であるとき、志向的パターンが実在するということ だ。この点は2.2で見たデネットの奇跡論法的な実在論とほぼ一致している。  ロスはデネットもこのような強い実在論を受け入れて、道具主義を否定すべきだと 考えている。なぜなら道具主義を採用すると意識についての研究も単に「現象を救う」 もしくは「満足感を与える」ためのものでしかなくなり、人間中心的11 になってしまう からだ。 もしデネットが道具主義をとっているなら、「解明される意識(Consciousness Explained)」はその目的を達成してはいるものの、それはトリビアルに達成し • • • ているに過ぎない。つまりそれは意識についての問題を生み出す誤った前提に 疑問を投げかけることでそれを解決したのではなく、デネットと彼の読者の一 部に満足感を与えたに過ぎないのである。(Ross 2000)  道具主義に対して熱帯雨林実在論は物理的に「可能」な視座を扱っており、それゆ えにリアルパターンは視座に対して独立に実在すると考えられている。なぜならそう した視座が実際に存在しなくても、その視点が可能なだけでパターンは実在すると言 えるからだ。この点からロスのこの立場は人間心的ではない。  そしてこの熱帯雨林実在論ではabstracta/illataの区別は認められない。なぜなら全 てのリアルパターンは人間によって抽象化される以前から理論とは独立に実在している からだ。それゆえにある種の理論がabstractaというカテゴリーを対象として扱ってい るとは想定されず、理論の対象は全てillataである。  またこの熱帯雨林実在論における投射可能性はそれが日常的イメージにおけるパター ンであっても実在するための条件として想定されている。それゆえロスは科学的イメー ジの対象と日常的イメージの対象についてこの基準に合致するなら同様に実在物だと 考えていると言える。この点はデネットが三つの姿勢の対象全般をリアルパターンと 呼んでいるという事実を素直に解釈したものと言えるだろう。  ただしこの立場において、デネットの漸進主義、ある種の還元主義的な主張は保持 されていない。なぜなら熱帯雨林実在論の定義から言って全ての対象はそれぞれ独立 に実在しているからだ。それゆえにアルゴリズムから高次の対象が生み出されるとい うことはない。例えば志向的パターンはアルゴリズムとは独立に実在していて、前者 を後者に還元することはできない。 13 4. 先行研究の検討  以上にデネットの存在論を道具主義的に解釈するハーグランドと、より強い実在論 として解釈するロスの立場を概観した。以下ではそれらに対してデネットの返答など も踏まえながら批判的に検討を加えていく。 4.1. ハーグランドの検討  ハーグランドによる高次のパターンを道具主義的で反実在論的に捉える立場は、デ ネットの還元主義的な見方と親和することは間違いない。パターンの要素が物質とし て実在し、上位のパターンはそのような要素から構成されたものだという考え方は、 単純なものから複雑なものへと進化していく漸進主義的な考え方を可能にする。そし てパターンが実在せず、その要素が実在するならパターンはその要素へと還元できる。 そうした意味でハーグランドによる存在論解釈は2.1で見たデネットの思想の一面を捉 えていると言えるだろう。  しかしながらロスが述べていたように道具主義にはそうしたパターンの探求をトリ ビアルにしてしまうという問題がある。この点はやはり重要な指摘だと考える。デネッ ト自身もまた少し違った角度から道具主義を拒絶していると読み取れる。 The Intentional Stance (1989) の Three Kinds of Intentional Psychology に付けられている Instrumentalism Reconsidered という論考では自身を道具主義者と呼ばせていたこ とへの反省12が述べられ、その上で自身の立場が以下のように述べられている。 • • • • 私の主義は真剣な実在論者が重力の中心などに対して取るのと同じ主義だ。な ぜなら私は信念(そして民間心理学から得られた他の精神的な品物)は̶「物 理世界に備え付けられたもの」の一部というよりはむしろabstractaである点で、 また私たちがそれを特定の慣れ親しんだリテラリティの基準から解放する場合 • • • • • • にのみ真である言明に帰属させられる点で、それに似たものだと考えているか らだ。(Dennett 1989) ここではデネットは自身の志向的パターンの実在性についての立場が「真剣な実在論 者が重力の中心などに対して取るのと同じ」だと述べている。またそれらが物理的な 14 ものではなくabstractaであるという点にも改めて触れられている。「重力の中心」に ついての存在論的立場がこの箇所では明らかでないが、それについて述べられている 箇所を探すと Real Patterns に以下のような記述がある。 • • 重力の中心は実在する。なぜならそれらは(いくらかは)良い抽象的な対象だ からだ。それらは真剣に扱われること、学ばれること、用いられることに値す • • • • • • • る。私たちがそれらを(いつわりの抽象的な対象とはおそらく対照的に)実在 • • するものとして区別しようとする限り、私たちはそれを実在する力の、「自然 な」性質の、そしてそのようなものの明確な表象として機能すると考えるとい う理由からそれは実在する。(Dennett 1991b) デネットはここで重力の中心は抽象的でありながら「実在する」と述べている。その 根拠はそれが「良い対象」であること、実在する力を表象したものであったり、「自 然な」つまりは科学に基づいた性質であるということだ。しかしここで「実在する」 が「いつわりの(bogus)」と対置されていることが、ハーグランドがパターンの実在 性の意味を「幻覚でないこと」と解釈する方針と合致しているように見える。  そこで改めてハーグランドが形而上学的に存在していると主張する物質について考 えてみよう。彼が例に挙げる物質とはチェスの駒に対応する木やプラスチックの塊で ある。こうした私たちの通常の物質理解において捉えられるものは、デネットの枠組 みでは「物理姿勢」における対象となる。ハーグランドがチェスの駒が存在しないと 述べた根拠は、それがチェスのルール内で規定されて初めて現れる機能を持ったパター ンであるために独立ではないという点にあった。しかしながら物理姿勢においても、 対象の認識は法則性という前提の元で成り立っていて、その対象は物理的パターンで ある。それゆえにハーグランドのいう物質もまた独立の対象ではない。以上からデネッ トにおいては物質が存在し、それから構成される高次のパターンは実在しないという 形而上学的な枠組みは採用されていない。言い換えると2.2で見たようにデネットが想 定する二つのイメージの対象は全て実在するパターンなのである。それゆえにデネッ トはハーグランドが解釈するような道具主義的な立場をとっていない。  以上から道具主義的な解釈では、抽象的な対象も実在物と扱うデネットの存在論的 な立場を捉えきれていないことがわかった。それではデネットはロスの言うような多 15 元論的な強い実在論を取っているのだろうか。こちらについても答えは否と言わざる をえない。その理由を以下に見ていこう。 4.2. ロスの検討  ロスの道具主義批判は前節で見たようにデネットにおいても共有されていると言え る。その一方でロスとデネットの間で見解が分かれるのはある種の対象がabstractaだ ということを認めるかどうかについてだ。 Rainforest Realism に対する返答におい てデネットは「不可逆圧縮(lossy compression)」というものを挙げる。 • • [ ]パターンの理想化された記述は、厳密に言って何も記述していない。なぜな • • • らそれらは過度に単純化しているからだ。しかしそれらは複雑な現実に対して 便利な抽象化を行なっている。それはすなわちabstractaを生み出すノイズの多 いデータの不可逆圧縮だ。(Dennett 2000) ここでわれているのは三つの姿勢によって「理想化」、「単純化」を経て生み出さ れたパターンは現実に厳密に対応するものではないということだ。それらのパターン は法則性、適正な機能、合理性といった観点からその基準に合わないノイズを排除し て生み出されている。このノイズの除去というのは2.2で見た諸パターンの検知におい て例外を想定から外すことに相当する。そのような単純化の操作を受けているために それらパターンはabstractaなのである。  そしてこのようにパターンが三つの姿勢によってノイズを除去することで見出される なら、それらがロスの熱帯雨林実在論のように視座に独立に実在しているとは言えな くなる。ここで人間中心主義の問題が生じるが、ロスと違ってデネットは人間中心主 義には問題がないと考え、受け入れている 13。というのも彼はパターンの検知がプラ グマティックな意味を持っていると想定しているからだ。それゆえにロスの強い実在 論は、デネットの存在論の解釈としては適当でないことになる。  abstractaというカテゴリーを認めるデネットのこの立場は一見すると道具主義的に 感じられる。すなわち高次のパターンは私たちの認識をより良くするために使われる モデルであると言っているように見える。しかし前節で見たようにデネットは道具主 義という立場を取らない。abstractaは抽象化されていてもリアルパターンなのである。 そこで人間の手によって単純化されて生み出されたこのような抽象物が実在するとい 16 うことの意味が改めて問題となる。またこうしてabstracta/illataの区別を認めるなら ある種の二元論が復活してしまう可能性がある。この点は5.2で詳しく検討する。  最後に還元主義について、3.2で見たようにロスの立場では成立していない。この点 はデネットの解釈としては大きな問題である。ただしロスの強い実在論を否定したか らといって還元主義が成り立つわけではない。デネットが高次の対象は抽象物であっ ても実在するという立場を取っているなら、それらについて道具主義を取って還元主 義を成立させることはできないからだ。そしてここで見た単純化という論点も還元主 義の解釈に関わってくる。これらの点は5.7で詳しく見る。 4.3. 二つの解釈の検討まとめ  以上、ハーグランドとロスによるデネットの存在論の解釈を検討した。  ハーグランドの立場は道具主義的で、還元主義的な考え方と親和性がある。しかし ながら彼の採用する伝統的な形而上学の枠組みではデネットの「リアルパターン」に ついての主張を適切に捉えられるとは言い難い。  対してロスの立場は実在論で、高次のパターンの実在性に関するデネットの主張を 展開したものと言える。しかし様々なレベルのパターンが同様に独立に実在している という主張はデネットの立場からは受け入れられないことがわかった。なぜならそう したパターンの検知はプラグマティックな要素を持っているもので、また実際にノイ ズを除去するという不可逆圧縮の工程を経て生み出されるものだからだ。そしてロス の実在論ではデネットの還元主義は成立しないという点も問題である。  両者のデネットの存在論に関する分析は各々特色のあるものだが、デネットの思想 全体にフィットするものではないと判断する。しかしながら両者の検討によってデネッ トの存在論が抱えている問題はより明確になった。それはデネットが物理主義的な還 元主義を取っている一方で、抽象物も実在すると主張している点である。すなわち彼 がそうした自身の立場を「弱い」実在論と呼んでいることの意味を明らかにする必要 がある。次章からはここで得られた手がかりをもとに筆者自身の立場からデネットの 存在論についての解釈、再構成を試みる。 17 5. デネットの存在論 5.1. 方法論の検討  以上で見たデネットの存在論についての問題の簡単な解決としてまず考えられるの が、還元主義と実在論どちらか一方の主張を捨ててしまうというものだ。これはハー グランドとロスがとった方針だといえる。しかし本稿ではできる限りデネットの思想 全体を保持できるような解釈を目指したい。  次に考えられるのが二元論的な解釈である。簡単にいうと還元主義的な立場と実在 論的な立場で対象としている実在物が別だと解釈する。前者の対象は科学的イメージ によって捉えられ、後者の対象は日常的イメージによって捉えられる。前者は理論と は独立に存在するもので、後者は単純化された抽象物である。そしてそれぞれが別の 意味で実在している、つまりデネットの存在論における実在性の概念には二種類存在 すると解釈する。しかしながら二元論という考え方には伝統的に問題がある。また二 種類の実在物を考えてしまうことで、統一的な存在論を諦めることになってしまう。  科学の実践に目を向けてみると、科学全般においてもモデル化という操作が行われ ていることが分かる(戸田山 2015)。次に検討する解釈はそのような観点から、科学 的イメージの対象全般も単純化されたモデルだと考えてみるものである。そうすると 実在論によりモデルが実在するということになり、その意味が問題となる。そして同 様にモデル化を行う二つのイメージの違いが何なのかという点も問題である。  次が最終的な解釈となる。抽象物もまた実在するという論点、そして科学的イメー ジもモデル化を行なっているという事実を踏まえた上で、二つのイメージの間にはそ れぞれが用いるモデルの単純化の度合いと、それに関わる説明力や予想の精度に差が あるのではないかと考える。そしてその上で、奇跡論法も度合いを許容するものと捉 え直す。それゆえに、そこから導かれる実在概念もまた度合いを許容できるようにな る。すなわち最後に私が考えるデネットの存在論の解釈は、彼が想定する実在性には 度合いがあるのではないかというものだ。この解釈は伝統的な形而上学の考え方に反 しているし、直観的には受け入れがたいものである。しかしながら私はこの解釈には そのようなデメリットを補って余りあるメリットがあると考えている。  デネットの存在論の解釈として本稿では以上の三つの仮説を扱う。それぞ...
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  • Spring '19
  • Andrew
  • 哲学, 存在論, 命題, デネット

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